「おめでとう」のたびに胸が重くなった。極早産の双子を産んだ私が、5年かけてやっとその言葉と向き合えるようになった話

妊娠と出産

退院の日も、誕生日も、友達からのメッセージも、「おめでとう」のたびに胸の奥が重くなりました。嬉しくないわけじゃない。でも、ざわつく。うまく言葉にできないその感覚を、誰にも言えなかった。5年かけて、少しずつ向き合えるようになってきました。

自分だけ先に退院した日

双子はまだNICUで呼吸も自分でできず、点滴も繋がれたまま生きることに精一杯という中、私だけが退院を迎えた日。娘に会えることは嬉しかったから、早く帰りたい気持ちももちろんありました。

病棟にお世話になりましたとご挨拶しながら帰宅しようとすると、

👩‍⚕️「おめでとうございます!」

たくさんの方にお祝いの言葉をいただきました。

👩私「ありがとうございます」

反射でそう答えましたが、
”私だけ退院してホンマにすみません”
というのが本心でした。私だけが退院したところで何も解決しない。そう思いながら家路につきました。

そして、家に着くと日常が始まります。双子に毎日会いに行くけど、それでも娘のむーや夫さん、両親との生活の中に戻る自分に罪悪感を感じずにはいられませんでした。

保育園で「おめでとう」をもらった朝

なんと言っても一番辛かったのが、保育園の先生方からのおめでとうございますの言葉でした。

退院後初めて、むーを朝送って行くと、出会う先生皆さんから、いただくお祝いの言葉。

でも、私の中で全く処理できてなかった。針のむしろそのものでした。
辛くて辛くて泣きそうになりながらヘラヘラ笑って足早に帰ったのを今でも覚えています。

せっかくいただく温かい言葉がこんなにも辛い。この矛盾した気持ちは誰にもいうことはできませんでした。

誕生日も、友達のメッセージも、全部が辛かった

なかなか整理できない自分の心に嫌気がさしながらも、おめでとうの言葉は続きます。

双子の退院、1歳の誕生日。ちょっとしたイベントにもいただくおめでとう。その度に心はざわつきました。

確かに退院してから大きな病気や怪我をすることなくスクスクと育ってくれていました。

けれど、他の子供たちとは明らかに成長が遅れている。

ものすごく当たり前のことですが、もうあと少しだけでもお腹にいさせてあげられればという気持ちを抑えることはできません。

こんなにも早く小さく脆く生まれさせてしまった。その申し訳なさが消えることはありませんでした。

初めて言葉にできた場所

私の気持ちは、夫さんにも両親にも誰にも話すことはできませんでした。

どうしても辛くて泣いてしまった時、

👩‍🦳母「何に泣いているか分からないけど、あなたは泣けるだけまだましよ。」

と言われてしまいました。特に母は精神的にも強い人。母がどういう意味で言ったかはわかりません。母の時代だと泣くことは許されなかったのかもしれない。

そもそもこの状況で双子が生きていてくれることすらほぼないことだったのだとは思います。

母にしたら私はとても幸せものだったのでしょう。

しかし、実母にそんなことを言われるとは思っていなかった。

そこから、ある意味感情をなくして日々を過ごしていました。言っても無駄。私のことを理解してくれる人なんかいない。そう思っていました。

そんな中、病院からNICUを退院した私たちから今頑張っているパパ、ママに向けてメッセージを書いてほしいをいう依頼が来ました。

何を書いていいか分からず、しばらく置いていましたが、
”いいや、今のままを書こう”
と、今の気持ちをそのまま書きました。

『おめでとうをいただく度に何がめでたいのか教えて欲しかった。今もその問いは続いています。けれど、日々子どもたちはそれぞれの力を振り絞って常に前に進もうとしている。この強さに私が支えられています。問いに答えが出るまで、出なかったとしても、私たちもまた子どもたちを支えていかなければいけない。その覚悟だけはあります。今は辛くても、きっといい日もある。そう思ってどうか1日も早く心穏やかに過ごせる日が訪れることを願っています。』

文章にしたことで初めて自分の気持ちが表に出せたという感覚がありました。

そうだ、嘆くよりも覚悟を持って笑顔でいーとかいを育てなければ。

そこから私の気持ちはやっと前を向いた気がしています。

5年かけて、やっと少し受け取れるようになった

やっと、おめでとうと言ってもいいかもしれないと思い始めたのは双子が5歳を過ぎた頃です。

理由は、成長曲線をほとんどの項目で標準に近づいてきたから。体重はまだまだ曲線ギリギリのもやしボーイズですが(笑)

それぞれにお友だちもできて、自分たちの世界を楽しみ始めた。

やっぱり”普通”に追いついてきてるってとても嬉しい。毎日を楽しむいーとかいを見てやっと自分から「おめでとう」が言えるようになってきました。

それでも発達はゆっくりで言葉がうまく出なかったり、できないこともたくさんある。ただ、できないことより5年の月日を経て少しずつできることを数えられるようになったんです。

子どもたちがすごい笑顔で『お母さん、大好き!』と言ってくれる。それがいかに幸せなことか。毎日噛み締めています。

同じように感じているあなたへ

もし、同じようなことで辛いと感じている方がいらっしゃればと思い、今回のページを残すことにしました。

私自身、全く乗り越えられた訳ではありません。ふとした時に、あの時無理をしていなければ、あの時もっと慎重になるべきだった。そんなことはよく考えます。

”おめでとう”という言葉がこんなにも残酷なものに聞こえることがあるのだと初めて知りました。

これを知ることができたことで、また一つ、人との関わりに深みを持てるようになったのではないかと思っています。

ただ、今辛く感じる言葉あるという方は、その辛さはおかしくない。

自分ではどうしようもないことにぶつかって、潰れそうになりながらもそれでも毎日生きている。それで十分だと、あの時の自分に言ってあげたい。そう思います。

気持ちが追いつくまでには時間がかかります。開き直るのではなく、今という時を受け入れられるようになるにはやはり時間は必要。焦らなくていい。

自分を責めることはもっとしなくていい。

目の前にいる宝物が生きてくれている。それがどんなに尊いことか。それを生かしているあなたがどんなに素晴らしい人であるか。

おめでとうの何がめでたいのかの問いをこれからも考えながら、休む時は休んで、少しずつ前に進めたらいいなと思います。