双子妊娠が分かった日、私たち夫婦が一番大変だったのは覚悟を共有することだった

妊娠と出産

6週目、「来週必ず来てください」と言われた日

妊娠検査薬で調べたら”陽性”。なんとか今回も妊娠できた。

兄弟児を望んでいた私は安堵して、
長女の時にお世話になった近所の産婦人科を受診しました。

検査薬が陽性だったことを受付で伝えて、尿検査を済ませると、
久しぶりやな〜と呑気に待っていました。

呼ばれて内診後、いつもの先生の穏やかな顔も懐かしんでいると

「こんにちは、今日はせっかく来てもらったけど、
はっきりしたことは言えないから、また来週必ず来てください。
赤ちゃんは元気です。」

それだけを伝えられて、ポカンとしました。そして、浮かんだことは二つ

・赤ちゃんに何かあるかもしれない
・そっかやっぱりそううまくはいかないか

不安と少しの諦めに似た感情で病院を後にしました。
そのあと、夫さんにも「来週行かないとハッキリした事は
わからないらしい」と伝え、モヤモヤしたまま1週間を過ごしました。

7週目、エコーに映った小さな丸がふたつ

翌週、再度診察へ。診察はいつも通り、先生もいつも通り。
なぜ1週間延ばされたのか、やっぱり分かりませんでした。

内診台に座っているとカーテンの向こうから先生の声。

👱‍♂️先生「あーやっぱりそうですね。モニター見てください。見えますか?」

こちら側にモニター向けてくれるが、よく見えない。

👨先生「双子です。」


👩私「え?なんて?すみません、よく見えなくて」

診察台に寝そべっている状態でなんとか見ようとするも、モニターの位置が悪く
やはりよく見えない。診察室に戻るように促され、座るとエコー写真がありました。

👨先生「見てください。双子です。」

もう一度穏やかに言われ、そこには確かに小さい丸が二つ。

👩私「あーそうなんですね」

なんとも伝え甲斐のない反応だったでしょうか。
心の中も、へー、ホンマや丸二つあるわ〜。と他人事のよう。

先生はこう続けました。

👨先生「双子は周産期センターで産むことになります。紹介状を書きます。
次回からはそちらに受診してください。大変だけど頑張ってね。実は僕も
双子なんです。双子っていいですよ。」

初めて先生が双子だということを知ってビックリもしたし、自分がまさか双子を
妊娠するとは思っていなかったもんで頭の中はお花畑。

ふぁ〜っとしたままエコー写真をつけて、夫さんに「双子やって笑」と送信

面白いな〜ホンマ、私って面白いわ〜

そう思っていたら、夫さんから『え?ちょっと待って、ホンマに?』と一言だけ
返ってきました。なんやこの冷たい返しは?とお花畑から状況は一変。

夫さんが明らかに喜んでない。
また違うモヤモヤを抱えて、夫さんの帰宅を待つことになりました。

夫の反応で知った、双子妊娠の重み

夕方、少し困った顔で夫さん帰宅。

👩私「うれしくないって事?嫌なん?」

第一声で詰め寄る私。

👨‍🦱夫「嬉しいよ、嬉しいけど…双子かぁってなるやん?」

👩私「双子ええやん!何が嫌なん?」

👨‍🦱夫「双子って妊娠した時からホンマに大変なんやで…」

夫さんは、私が紹介状を書いてもらった機関病院で働く薬剤師。小児の
知識が普通の方よりあるが故の不安があるようで、そうでなくても”変に”
心配性の夫さんにはあまりに衝撃的ニュースだったらしいです。

「まだ、確定ではない。ほぼ確定やけど、確定ではない。」

そう言い聞かされ、母子手帳をもらうまでは私たち家族の秘密にすること
になりました。

周産期センターへ、現実が動き出す

周産期センターでの初めての受診。何を言われるのやらと待合で待っている
と、心配した夫さんが昼休みついでに会いにきてくれました。

👨‍🦱夫「僕も何言われるか分からんけど、また教えて〜。先生は優しいから」

と言い残し、仕事に戻っていきました。

そう、我が家は夫婦揃って受診することはありません。おぃ、周り見たか?
ほぼ夫婦やぞ?そう思いながら見送られているなんて思ってもなかった
でしょうね。

診察室で双子を妊娠していることで紹介されたことを確認して、内診へ。
また診察室に戻ると、担当医からこう告げられました。

👱‍♂️担当医「赤ちゃんは元気に育っています。今日はお母さんの年齢のことも
お話しさせてください。まずは現在37歳でもうすぐ38歳。今回は自然妊娠です
ね…。」

長女の妊娠から今に至るまで妊娠高血圧や高血糖、出産時のトラブルなど
事細かに聞かれました。長女の出産時は微弱陣痛で促進剤と最後は吸引、
先生にお腹を抑えられてやっと出てきた経緯があったのでその話をしました。

👱‍♂️担当医「やはり年齢が年齢なので注意は必要です。まずDVDを見てもらっ
て続きのお話をしましょう。」

見せられたのが、先天性疾患の確率上昇の話。35歳過ぎからその発症確率
がグンと上がって急カーブを描きます。ええ、重々承知です。そう思いながら
見ていました。長女の時にすでに何度も先生に確認されたことも思い出し、
年齢って怖いなとつくづく感じました。

👱‍♂️担当医「出産前検査にも色々あります。ただ確定はできないし、羊水をとる
検査などは危険も伴います。もちろん費用もかかります。どうするかはまた次回
でも大丈夫です。」

DVDを見終わると、冊子を見せながら出産前にできる検査について説明がありました。
何かしら確定したらその分準備はしてあげられる。そう思いながらも、

👩「先生、赤ちゃんがどうであれ産むことを変える気はないんです。」

これが私の正直な気持ちでした。

👱‍♂️「旦那さんとは、話し合わなくても?」

👩「必要なら呼びますが、私が決めたことなんで大丈夫です。」

先生は夫さんの職業欄を見て、少し笑うと頑張りましょうと承諾してくれました。

まだ喜べなかった、母子手帳をもらうまでの日々

これから2週間に一度の検診が始まりましたが、まだ母子手帳はもらえません。

なんでこんなに母子手帳を貰いに行くように言われないんだろう?
長女の時は8週目にはもらっていただけに気になっていました。
調べると理由はいくらでも出てきます。

・バニシングツインという片方が途中で消えてしまうこと

・二人の育つバランスが初期から明らかに違ってしまうこと

検診のスタートラインにつくこと、これすらも双子には難しいと感じました。
やっともらってきてねと言われたのは、11週目頃と遅めだったと思います。

やっと手にした二冊の母子手帳。

双子としてお腹の中で育っている。今二人をとにかく無事に産まなければ。
そんな気持ちでいっぱいでした。

双子だと分かった日、一番大変だったのは覚悟だった

👩私「どうあっても産むからね」

👨‍🦱夫「そりゃそうやね。みんな元気に生まれてきてくれるのが一番。」

実は夫さんにはダウン症の妹がいます。彼は私以上に小児の知識も経験も
あることから不安も多くあったと思います。それでも、妊娠の続行と出産
については当たり前のように受け入れてくれました。

私たちのところに来てくれた命をそのまま受け入れる。必ず無事に生み育てたい。

シンプルやけど、一番大変だったかもしれないこと。
双子の親になるという覚悟。

この覚悟は二人で同じ方向を見ていたからこそ出せた結論だと思います。